幸せをくれる少女

「また間違ってるじゃないか! 何でいつも言われた事が出来ないんだ君は!!」
あぁ、また失敗してしまったのかよ…。ちゃんとやってるのに何で毎日叱られなきゃいけないんだ全く……。
俺は今、目の前にいる部長に頭越しに怒鳴られていて背中を丸くしている状態だ。
俺は部長のような目上の人の言う事はちゃんと誠実に守る会社員だ。さっきも、部長に言われた事を素直に手直しして持っていっただけなのに、また叱られた。
おいおい、どうなってんだよコレは…。
「私は、この図の細かい部分まで入力してきなさいと言ったんだ。何でこれは文字だけしか入ってないんだ!」
『この図の説明文を詳しく入力してくれ』って言ったのは誰だよおい。説明文を詳しくって言ったら文字しか入れられないだろ…。
折れ線グラフの細かいメモリまでってのは聞いてないぞ。こういうのって理不尽と言うんだな。
「もう一回手直しだ。分かったね山崎君?」
「………はい。すみませんでした部長。」
俺はしぶしぶ席に戻ってやり直す事にした。その時ちょうど昼の12時になっていたので昼食を取ろうと食堂に向かった。
テキトーに席に座って食べようとした時、ふと横合いから声がかかった。
「おつかれ様ね、山崎君。」
同い年の女性社員だった。俺は顔を引きつらせながら「いや別に…」と返事をした。隣空いてるよ、と誘ってみたりしたのだが既に予約が入っているらしい。
「部長の事なんて気にしないで。わたしも理不尽な事たくさん言われているから。もちろん他の社員もそうよ。」
ほんっとに頭にくるわよねーっ! と付け足した。怒りをあらわにしているのが見て取れる。
だが、俺は違った。相変わらずテンションが低いままだ。
「けどさ………、この調子だったらクビになる事間違いなしだぜ。俺、次どこで働けばいいってんだよ…。」
「そんな事言わないでよ。」
俺はお箸をカタッと茶碗の上に置く。深いため息を付いて、頭の中で次の就職先を探していた。正直、ここでやっていける自信がない。
そんな俺の様子を見ると、彼女はちょっとした助言を俺にしてくれた。
「先輩が言ってたんだけどね、あの部長の場合は『裏の裏を読め』って言ってたわ。ほら、わたし達や他の人達みたいに意味不明な事で怒られるでしょ?
 それは裏の裏を読んで資料作成したら怒られないで済むんだって。実際、わたしもやってみたら激減したの!」
「……、その言葉が意味不明なんだけど。」
「とにかく、いつかやってみて。何となく意味が分かるから。」
そう言って、彼女は友達の待つ席へ歩いて行った。
「………、裏の裏を読む…。どういう意味だ?」
俺は昼食時間が終わるまでずっとその意味を考えていた。



夕方。
ギリギリ時間までに手直しを済ませ、夕日に照らされながら家路を歩いていると、右手にある公園のベンチで誰かが膝小僧を抱えて俯いているのが目に映った。
不思議に思って近寄ってみると、その人は6歳にも満たないだろう小さな少女だった。
「あぁ?」
俺は近づいてようやく気付いた事があった。こんな真夏なのに冬に着るようなジャンパーを着ていて、雨なんて降っていないのに黄色の長靴を履いていたんだ。どうしてこんな格好を…。
とにかくこの少女を起こそうと、俺は軽く肩を揺らすと少女はゆっくり顔を上げた。少女の顔を見て俺は驚いた。スカイブルーの澄んだ大きな瞳で、雪のような真っ白い肌をしていたからだ。
一瞬見とれていると、少女が俺に声をかけた。
「あの……、あなたは?」
声もまた透き通るように高音だから驚きだ。
「それはこっちのセリフだ。君こそ誰だ? こんなところで何してる?」
「わたしは…、ここで寝ていました。」
こんなむし暑いのによく平気で眠れるな。しかもこんな格好でこんな場所で…。
「何だって公園で寝てたんだ? 父さんや母さんが心配してるんじゃないか?」
「よかった……。わたしは誰かに起こして欲しかったんです。」
「っておい、人の話を…」
と、言い終わる前に少女は急にベンチから降りて笑顔で俺をじっと見上げた。って……お前、こんなに小さかったのか。
「ありがとうございます。わたし、これで別の場所へ行けます。」
「……別の、場所?」
「じゃ、また。」
そう言って、少女は道の向こう側へと走って行ってしまった。
「………、何だあの子?」



だが、翌日――――――。
「山崎君! スゴイ、素晴らしい!! こんな綺麗に整った書類初めて見た!」
昨日とは打って変わって俺の作成した書類が褒められたんだ。
そういえば、妙に作業がスムーズに進んだり文字や図の気になる箇所が増えて付け加えられたり出来たような気がする……。
「昨日の君とは全然違うじゃないか! 何で今までこういう才能を隠してたんだ!!」
いや、知らないよ。俺は昨日と同じ人間なのだから。
褒められすぎた後、自分の作業机に戻ると昨日の同い年の彼女が近寄って来た。
「『裏の裏を読め』……早速やってみたようね。意味分かったでしょ?」
「いいや。未だに理解不能だ。」
「じゃあどうして褒められたのよ。一体何した? あんなカンゲキしてる部長初めて見るわ。」
「特に何も無いさ。昨日、公園で変な女の子に会ったくらいだ。」
「変な女の子?」
「あぁ。こんな真夏だってのにモコモコのジャンパー着てるし、ベンチで体育座りで寝てたんだぜ。」
すると、彼女は目が飛び出すんじゃないかって言うほど目を大きく見開いたんだ。
「えぇっ! それ、本当!? 本気と書いてマジ!!??」
「えっ…! あ、あぁマジだ本当だ! 頼むからそんなに顔を近づけないでくれ!!」
び、ビックリした…。何でそんなに驚いてるんだ、そんな驚きすぎさせる要素一文字も含めた覚えなんてない。
「やっぱり、本当にいたのね…。」
「…何が?」
「本で読んだんだけど、真夏に暖かそうなジャンパーを着て寝ている妖怪―――雪野華泉(ゆきのかせん)がいるらしいの。
 その妖怪は、起こされるとその人間を悩みを解決して幸せにするらしいわ。そしてまたどこかへ行っちゃうの。」
その瞬間、俺は息を呑んだ。う、うそだろ…。
俺は昨日の少女の言葉を思い出してみた。
『わたしは誰かに起こして欲しかったんです。』
『これで別の場所へ行けます。』
まさか……あいつ、妖怪だったのか? いや、だってほら…
「俺、霊感なんて無いし妖怪だって見たことないぞ?」
「妖怪の場合は霊感とは違うわ。悩める人だったり悲しかった出来事があった人には見えるんだって。しかもそれは1億人の1人の確率で。」
す、すげぇ確率…。てことは、俺はその1人になっちゃったって事?
「スゴイわね山崎君! 雪野華泉の力をムダにしないでこれからも頑張ってね!」
彼女は俺の肩をポンと叩くとテンションを高くして自分の作業机に戻って行った。

それからも、俺はどんどん成績が伸びていって無事クビになる事もなく遂に『課長』という座まで辿り着く事が出来た。
これは、もしかしたらあの妖怪……雪野華泉のおかげかもしれないな。
今どこにいるんだろう。またどこかで人を幸せにしてんのかな。
もうあいつに会う事はないはずだけど、少なくとも俺は雪野華泉に感謝している。
「課長、この書類どうですか?」
「ん、見せてくれ。」
欲張りだけど、またいつか会えたらいいなと心の中で思っているんだ。
ありがとう、雪野華泉。







あとがき

紫苑璃苑さんのサイトで5000キリ番になったので、そのお祝い(←使い方当たってる?)で贈る小説です。
よくよく考えたら、雪野華泉って『座敷童』に似ちゃった感じがします^^;(笑)
あー……。本当は「裏の裏を読め」っていう言葉をキーワードに、雪野華泉と関連させたかったのですが……
全く関係なくなっちゃいました。個人的に後悔。
一文一文が少し長くなっちゃって、読みづらいと思いますが、ゴメンなさい。
ってか、この話自体…何なんだ一体(え。
紫苑さん、遅くなった上によく分からない話でスイマセンでしたm(__)m